春の蛾

  春になると毎年部屋に蛾が発生するようになる。2日に一度ほどの頻度で見かける。小さな小さな蛾だ。あっさり捕まえることができる。あまりにも簡単に捕らえてしまえるので、ちょっと申し訳なさすら感じてしまう。つまり特に害はない存在なのだが、きっと部屋のどこかに巣のようなものがあるのだろうし、それを思うとぞっとしてしまう。引っ越したい。

  しかし蛾というのはなんだか哀れだ。蝶と見分けのつきにくいものだっているのに、嫌われ方がすごい。実際は蝶だってよく見たら同じようなものなのに。蝶が虫に葉なのに対し、蛾は虫に我。なんだかエゴが強そうだ。そして「ガ」という音よ。まるで雑音じゃないか。

  このように蛾には同情を禁じえない。しかし、それでもわたしは、今日も部屋の中を飛ぶ蛾をティッシュで捕まえ潰すのだ。

春休み終了です

  春休みが終わった。ひどく忙しく、精神的なストレスも多い日々であった。まだしばらく心休まらぬ日々が続きそうなのだけれど。

  休みが終わるたびになにも成し遂げられなかったと悔やむことを繰り返している。おそらく最後となる学生生活もあっという間に折り返し地点を過ぎてしまった。歳ばっかくって、ちっとも成長できてないからやんなっちゃうな。

  今日は家族で花見をしたのだけど、春だ春がきた、というより、もう春も終わるのだと思った。大嫌いな春が終わって、すぐに大嫌いな夏がやってくる。季節に責任転嫁して、無責任に精一杯がんばって、生きてみよう。今まで成し遂げられないまま打ち棄てられた欠片を拾い上げて、なにかを成し遂げられるように。

またねの春

  友達が留学に行くので、空港まで見送りに行ってきた。彼女とは高校が一緒で、偶然大学も同じになり、サークルも同じ。わたしにとってこの2年間では確実に最も多くの時間を共有してきた友人であった。そんな彼女と1年間も会えなくなるのはさみしかったし、そもそもわたしはこの1週間ほど完全に憂鬱のシーズンに入っていたのもあり、見送り当日までかなり別れが惜しかった。もちろん今でも別れを惜しむ気持ちに変わりはない。だけど、彼女らしい慌ただしい去り方をみて、なんだか逆に安心して笑ってしまった。

  春は嫌いだ。急に生命が動き出す、自分を取り巻くさまざまなものが変化していく。わたしはいくつになっても臆病で、この空気に耐えられないままだ。それでも自分で大きな決断をして環境を変えた彼女を応援したいと思うし、そういった強さを美しいものだと感じるのだ。

  彼女の前途に幸多からんことを。

抜歯親不知

  きのう、右下から頭を出し始めていた親不知を抜いてきた。横向きに生えていたのでスポッと抜くことはできず、歯を2分割にして抜いた。

  治療中、自分の口の中の出来事が大事すぎて何度か笑いそうになってしまった。歯が抜けるより先に、わたしの顎が外れるのではないかと思った。もしくは貧血で意識が遠のくのではないかと思った。ずっと血の匂いがしたし、歯医者さんが一度、「ガーゼ!!!」と叫んだので。ただただなにかすごいことをされている、というかんじだけで、治療中痛いということはなかった。

  帰ってきてしばらくするとじわじわと痛み始め、腫れも出てきた。夜寝る時にもう寝るだけだし、と思って鎮痛剤をケチったら、痛みで寝付くことができず、2時間近く耐えたものの、結局起き上がってのむことになった。

  今朝、起きてみるとますます腫れは酷くなっていた。腫れるんだろうな、とは思っていたものの、実際に腫れると、こんなことに…という驚き。口を開けることができないために、コンビニのペラペラのサンドイッチですら無理矢理口にねじ込まなければならず、1つ食べるのに20分近くかかってしまった。

  明日は出かける予定があるのだけれど、きっと明日に腫れが引いているということはないだろう。雨の音を聞きながら、そっと頬に触れてみる。熱い。  

お昼ごはんをご一緒に。

  友達から受け取るものがあり、彼女がわたしの家の近くまで来てくれた。

  お昼ごはんを一緒に食べる。わたしが夜に家族と何度か来たことがあるお店で、この前そこの横を通ったときにランチもやっていることを知り気になっていたので、そこで。彼女はパスタランチ。魚介のトマトソースパスタに、サラダ、キッシュ、スープ、パンがついて800円。わたしは日替わりを。メインは豚肉と野菜のマヨネーズ炒めで、味噌汁、ご飯、漬物、野菜の小鉢、キッシュ、サラダがついて750円。値段の割にボリュームたっぷりで、大変コスパがよろしい。味もおいしく大満足。

  「なにかを完成させるということ」についてすこし話をした。形を創り上げるというのは難しいことだね。気づきを拾い上げ、集め、純度を高めていくということ。

  彼女はバイトがあったのでさくっと解散。ちょっといい休日。バイバイ、またね。

あめでもはれ

  今日は朝から雨が強くて、昨日の陽気とは打って変わって寒い日。卒業生は雨のなか袴姿だったりで、なんだか大変そう。それでも卒業式なんだからハレの日ですね。

  わたしもサークルの先輩に渡すお花を当日の朝に滑り込みで注文。  1つ1080円也。できあがった花束は値段の割に見栄えのする、春らしく可愛らしいものだった。チューリップ、カーネーション、そしてバラ。花束を渡すと先輩は「これが貰えるのはちゃんとサークルやってた証拠だから」と言って笑っていた。

  あっという間にわたしの入学から2年が経っていて、わたしが新歓で見学に行ったときに優しくしてくれた先輩方が卒業ということで、どうしたってノスタルジーに浸ってしまうね。大学の卒業式は、おそらく人生で最後の「卒業式」になるわけで、そう考えると恐ろしさも感じてしまうよ。あと2年、ちゃんとやりきってわたしも花束をいただきたいものです。

最終電車

  駅員の「最終電車のご案内」の声が響く。みんな疲れてる。仕事に、酒に。疲れてる。それでも家へ帰るために急ぐ。早く歩く。さっきまで、友達とお酒を飲みながら笑っていたわたしも真顔で歩く。みんな帰る場所があるのだ。わたしにも。わたしの両親はいつも寝るのが遅いから、まだ十分起きている時間だろう。そしてわたしにおかえりを言うだろう。それまでには少し昂った気持ちを抑えておきたい。

  地下鉄が家の最寄り駅について、電車から降りたわたしは地上に上がる。目の前にはコンビニ。お前は24時間いつでも、誰でもない誰かを待っている。少し寄って水を買おうか、と思う。少し酔った体に冷たい水を思いっきり含ませたい。だけど、店員と向き合うのが面倒だ。感じ悪くならない程度には愛想をふりまかなければならないのが面倒だ。きっと化粧も崩れているし。いいや、帰ろう。家に帰ろう。5分だけだ、歩こう。すれ違う風が火照った頬を冷やす。